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組織をうまく使いこなす社会                  [文化の日]



 同窓会で店を出た後、歩道で通行のじゃまになっていたりする事は、知らずに誰もがついやってしまいそうな事だ。 酒だけでなく、集団になって群れる事は人を酔わす。 
 組織もまた同様と考える。 人は組織に入ったとたんに酔う。 つまり、意識が変わる。 その酔わせたものの正体が、《 人格に対しての Organization格 》 http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2009-10-03 でOrganization 格 とさせてもらったもので、法人であれば法人格というのがあたかも一人の人間のように人格を持つ、その人格の事である。 これは全ての組織、人の集まり、Organization に存在すると考える。
 この組織というやつが持つ人格は、本質的に危険な性向を持っている。 人と違って 死 というものがない。 ずっと大きくなりたがり続ける。 

 また、野球部がまとまって朝のラッシュの人ごみで行動すれば、それだけでも迷惑だ。 個人と同じように法人が法の前で人格を認められているのだから、法人が社会という人ごみでやって行くのには、もっと自覚が必要だと考える。 

 金儲けが第一と公言してはばからない、企業や。 税金でまかなわれる、公務員による組織など。 我々はこれらにこれまで甘すぎたのだと思う。 
 


平和の銃              [箱根アフロディーテ]


 ミャンマーの取材中に亡くなった、日本人のフリー記者がいた。 銃を持って反政府デモを鎮圧する政府軍兵士と、カメラを持ったこの長井健司という記者があいまみえた。 カメラは平和の銃だと思った。

 兵士は超強力なカメラという銃を向けられた、だから先に撃ち殺したのだ。 メディアというものが健全に、かつ積極的に支えれば、カメラという平和の銃は、G2あたりが叫び続ける脅威つまり武力を、無力に出来るのではないかと思う。

 他国からの武力行為は、徹底的に生で報道できる態勢を整えたらいかがだろうか。 冗談でなくそう思う。 日本の領土のどこでどの国が、なにをしてどのようになっているか。 有事の際には、世界に向けて正確に時をおかず配信されるように。 その態勢が整っている事を、現在の軍事演習のようにこれまた配信すればいいと思う。



普天間撤去、では まずいのか。          [おかしな帝王学]


 現実的にはかつてのような世界大戦は考えられないとしても、まだまだ軍事が横行しているのだから、米国のような大国で価値観を理解しうる国と安全保障条約を結んでいるのは、得策だろう。 しかしそこまでの脅威というのは何なのかということを、よく議論すべきだと思う。 つまりその脅威に対処すべきとして、日本に駐留する軍隊の規模の話だ。 日本周辺だけでなく中東までも含めてアジア全体の話だ、日本もひとかどの国としてこの地域全体の安定に寄与すべきだ、というのであればそれは望むところ。 文化、歴史も理解する努力をして、徹底的に議論を始めようではないか。 徐々にであっても確実に変えて行けるはずだと思っている。 

 普天間移設の問題は、いい契機になると思う。 損得だけではなくて、この日本が世界の中でどうありたいのか、平和をどう考えるのか。 そして、軍事防衛に向けられているものが、温暖化・気候変動といった形で姿を現しつつある人類文明が創り出した本質的な脅威 に対して向けられるようになるべきだと、静かに世界に訴えて行ければいいと思う。

  普天間は移設ではなくて、撤去ではまずいのか?



バブルとサブプライム              [おかしな帝王学]


 アニメのキャラクターのような呼び方で呼ばれる、知力の優れているであろうと思われる有名人。 バブルが何故?悪いのか、とたたみかける。 サブプライムは、貸すほうじゃなくて 借りるほうが悪いんでしょ。  とも言う。 金融でのし上がった人物らしい。 愛すべきキャラクターを持っているように見える 知力の優れた人間が この様である事が、我が日本の不幸だと感じる。

 確かに自由主義経済もしくは資本主義とされる社会では、バブルはある期間を置いて現れざるを得ないものかもしれない。 しかし、それが破裂すれば社会的インパクトは大きい。 金融・株式経済というのがそれだけ大きなものだからこそ、彼らはまるで天下を獲ったような顔をしていたのではないのか。 

 日本ではバブル崩壊後、社会的に下の者、弱いものから悪くなって行った。 上の者は最後まで、自分たちの生活水準を維持しようとした。 違うか?

 そしてひとたび景気が上向けば、一番最初に良くなって行くのは上の者からだ。 バブル崩壊直前に比べれば上昇カーブは緩いから、上の者は下の者にしばらくは分けようとせず下の者はキチキチの生き様を強いられる。 バブルが何回か繰り返されれば、数パーセント以下の一握りの上層以外は、年収300万以下の階層にみな落とされてしまうのではないかと思う。 
 バブルは例えば巨大地震のようなもので いずれ起こる事かもしれないが、それを誘い込むような経済は慎むべきだ。 先のリーマンショックは、マネーゲームに興じた愚かな人類に対する ”神の手” であった事を認めるべきだ。 

 サブプライムについては、貸す方が 法人 であり 借りた方は 個人 であった事を指摘したい。 個人と個人の話とは、全然別ものの話だ。 借りる方が悪いと、貸した側の法人には責任が無いかのようなもの言いはおかしい。 借りる側の分をわきまえない欲望には確かに大いに疑問を感じるが、あの手この手でその気にさせたのは貸した側の法人だ。 法人に甘い社会が、借りる方が悪いんでしょというもの言いを許している。



マグロ規制法



 あっけなく大差で否決されたマグロの規制法だったが、大量の報道は我々日本人に考えるきっかけを与えてくれたものだと、自らをいましめてこそこれからの日本だと思う。

 鯨もそうだが、よくわからない実態をそのままにせず、まずは実態を徹底的に知ろうとする取り組みが必要ではないか。 深海艇しかり、日本には優れた技術があると思われる。 献身的役割を演じると確約して、国際会議で実態調査を提案したらどうだろう。 

 そして、むさぼる事を慎む。



トロ



 日本人のマグロ好き、といわれるが。 きょうびの日本人はトロが大好き、と言った方が当たっているのではないかと思う。 とにかく目の色変えてトロッ、トロ、、トロッ、トロ。 江戸時代には捨てていたともきく脂の乗ったトロ、そもそも少量のものが猫も杓子もトロで、びっくりする様な量のトロが巷には出回っている。 どうも、畜養というやつのおかげではないかと思う。 畜養というのは、トロ身が増えるらしい。

 マグロは赤身だ。

 ここのところテレビでは寿司ばかりよく映っていたが、回転寿司あたりでもドイツ人のヒゲのように皿にネタの両端がへりついている。 ネタが大き過ぎないか。 下品に感じてしまう。
 シャリの上にピシッと納まるネタの寿司が好きだ。 シャリと口の中で噛み混ざったひと時の、バランスがいい。 



沖縄戦、忘るべからず             [苔の生すまで]


 アイヌ民族と同じくらい元々は言葉も違い、独自の文化を持つと聞く沖縄の人々だが。  日本の領土として、あの米国を相手に戦った太平洋戦争で国内唯一の地上戦が行われ、大変な惨状に見舞われ、終戦前に占領されたのが 沖縄 だった。 軍部という官僚に、捨石にされたのだ。 沖縄の人々は、本土の人々と何ら変わりない意識で多く犠牲になったと聞く。 まぎれもなく日本ではないか。 そしてその事実に基づいて戦後、今の今まで全島が基地であるかのような状況に置かれている。

 日本人として、とりわけ これからの 日本人 として、今なお基地の島となっている沖縄を、捨て置いていていいのだろうか。 太平洋戦争における 沖縄 の人々の犠牲は、深く日本人の心に刻まれるべきだと思う。 広島・長崎も、東京大空襲もあってはいけない事だった。 同様に、沖縄戦もあってはいけない事だった。



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