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 がれきの処理


 循環型・静脈型 経済 を これからの柱と考えれば、いま津波被災地で真っ先に片付けなければならない膨大な がれき の処理は、世界に範たる日本の姿を現すべきではないだろうか。 知恵と工夫で、最大限 資源として利用すべきだと考える。 

 「おした」 とは行政に携わる人々を、認めねぎらう親しみを込めた呼び掛けで、縁の下の力持ちを褒める、言わば尊称である。 下から床のように国を支える。 大切な職業だ。 この おした の方々の働きが重要になってくる。 政治も哲学らしきものでいいから、少しは持って行政の統御に当たったらいかがか。 参議院は何をやっている。  
 
 分別・再利用を出来る限りやって欲しい。 いま我々に与えられているだけのテクノロジーも総動員して、自然に失礼のない振る舞いをするべきだ。 一度 自然界から頂いて来たものは可能な限り人間界で回す。 もったいないという感性は、その基礎になるだろう。   


参考:
《 二院制への提言 》
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2010-06-14



 国、政府、政治              [おかしな帝王学]


 国、政府と言った場合、そのほとんどは 官僚機構 をさしているように思う。 閣僚によってなる 内閣 は、各官僚機構のトップである大臣の集合であり政権そのもので、幾つかのクッションがあるにせよ、国会議員の選挙を通じて我々国民が選んでいる。 しかし首相官邸というのは伏魔殿のようなところで、入ればたちどころに監視指導の為に我々の側から送り込まれたはずの政治家が官僚機構の操り人形のようになる。 官僚機構を敵に回して政権が成り立つか? と、形相を変える。 何も敵に回せとなどと言っていない。 統御せよ、使いこなせ、と言っている。 

 政治の世界でプロレスを見せられ、政局に目を奪われ、なぜ行政を統御しないのか? と強く問い掛ける事がなければ、政府は変わらず、国も変わらない。



官僚機構の奴隷、役人              [おかしな帝王学]


 官僚は、官僚機構そのものではない。 官僚機構という Organization 格 で働く者だ。 この出世がおかしい。 だから、この見えない敵、官僚機構の思惑に役人は 唯々諾々と従う。 上に行けば行くほど、従う。 まるで官僚機構そのものであるように。 左様、従うから上に行ったのだ。 

 我々日本人は、無条件降伏したのだから否応もないのだが、戦前・戦中のあの陸軍省・海軍省、参謀本部・軍令部といった高級官僚たちによって率いられた組織の亡霊を戦後のいままで、生きながらえさせている。 官僚機構に敗戦時、節目らしい節目はあったのか? 彼らは、対米戦争を主催した組織だったが。 官僚機構のうち海軍省・陸軍省だけが戦争をしたと言うのか。   

 出世すれば Organization 格 と、互角に渡り合える。 人が相対すべきは、法人であるが。 人事が、人の側にない。 強欲な Organization 格 の思惑通りに、人事をまかり通らせてはならない。 まずは官僚の人事を我々の側におさめ、徹底的に見直せ。 



 木簡              [文化の日]


 木簡(もっかん) は奈良時代の行政で用いられていた記録で、大量に発見されているらしい。 聖徳太子からは百年ほども経った時代だが、奈良時代ははっきりと今の日本とつながる形になった時代である。 おかみ、というのはこのころ生まれたといっていいと思う。 国でも政府でもなく、おかみ。 これがある意味ずっといままで続いている。 

 省、というのは聖徳太子が名づけた。拭い去れない無駄を生むベクトルがあるものなので、省くという意味を込めて 「 省 」 とした。 ------ こんな説を聞いた。 真偽はともかく、気に入っている。 考古学や歴史の発見から、官の組織を学門的にながめる研究がもっとあっていいと思う。



 牧民              [天成人後]


 長老 評論家の三宅氏によれば、戦前 知事は 「 牧民官 」 と呼ばれ、任命制であったという。 牧民 である。 これが明治憲法の基本的考え方だと思う。 牛や馬のように国民を見なす、あの太平洋戦争をやった 官 の考え方である。 しつこく繰り返すが、旧日本軍というのは海軍省と陸軍省であり、兵隊が公務員で無いわけもないが、あの戦争は国つまり 官 が行った戦争だ。 

 終戦時、これもしつこく繰り返すが、官僚機構はその軍部だけを切り取り存続した。 残したのは、占領軍政府だ。 官僚機構は、終戦をむかえていない。 いまだに大日本帝国憲法のままに、国民を見る。 武力から金の時代になり、経済、金、仕事で優位性を確保するのに、全精力を注いでいる。 恥ずかしい限りだ。

 Organization 格 としての官僚機構は、目に見えない組織そのものだ。 これがいまだに、どうしようもない 牧民思想に染まっている。 これと相対する立場にいるのは、事務次官をトップとするキャリア官僚。 この選び方、つまり出世が人の側にない。 組織のどうしようもない部分をより積極的に認めるのが、官僚の出世に感ぜられる。 立法府は何の役にたってもいない。 組織に人が操られてしまっている。 

 民主主義の原理運動とは、 牧官 である。



 夜をぶっとばせ              [文化の日]



 写真と同じように、明かりがもたらされた。 産業革命に端を発する、近代科学テクノロジーの大革命によって、それはもたらされた。 我々は何十万年という間、炎の明かりだけで夜を過ごしてきた。 日本で言えばつい明治のあたりまで本当に長きに渡って、人類は夜は何かが燃える明かりだけに頼っていた。 遂に日本は、その流れの先鞭をつけたヨーロッパよりも明るい夜を過ごしていたらしい。 いままでどうだったのか? を声高に叫ぶ人たちは、もっとずっと大きなスパンで同じ事を考えるべきではないか。 我々はいま、大変な文明の転換点に立っている。

 夜の闇を忌み、明るさを際限なく求める感性は。 
       同時に 田舎 をさげすむ感性につながっている。 


参照:
《 たとえば写真 》
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2010-02-22
《 文明の転換点 》
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2008-08-04-2




支持団体の不利益を行うのは、極めて異例。              [懲戒免職]


 第二次補正予算案の財源に 国家公務員給与の削減分も組み入れる。 この案について菅総理は、極めて異例な措置となりますが 職員団体との話し合いを行いつつ国家公務員給与の引き下げを内容とする法案の検討を進めている。 と答えた。

 極めて異例とはどういう事だろう? マニフェストには国家公務員の人件費二割カットが謳われていただろう。 遅きに失したマニフェストの実践に向けて、こんな事があってやっと進めるかもしれません。 と上目遣いに国民に報告する話ではないのか。 ばら撒きっぽい手当ての事よりも何よりも、公務員人件費二割カットの言葉で民主党に投票した人が多かったのではないか。 

 二割の数字はどっかに行って、アリバイ作りのようになっては、困る。 むしろ二割と言わず、上のほうはもっと削ってもいいだろう。 今回の震災で、「現場」にあたられた現業公務員の方には別途、手当てなど考えればいいと思う。 また、地方公務員を外した議論ばかりなのも、良く分からない。



原発賠償、国が一義的責任?              [懲戒免職]


 毎日新聞によると、自民党の吉野・衆議院議員が、福島第一原発の損害賠償について、国が一義的に責任を負うよう衆院予算委員会において主張した。 という。 耳を疑う。 この吉野氏の主張について自民党の石破・政調会長は「東電の社会的責任を認識したうえでの発言と理解している」と説明、免責の是非については明言を避けた。 という。 

 繰り返すが、日本中全ての原発が。 自民党政権の時代に造られた。 電力会社と行政との癒着、政も学もうるおう。 こんな図式は自民時代に完成したものだろう。 それが、いまこの時にこのような質問をする。 東電からの政治献金も話題になったが、そんなこんなでこの発言だろうか。  ネットでは石橋ゲルとも呼ばれる おたく系ネトウヨのアイドル政治家、彼のまな娘は 東電に就職したとも聞く。 自民党は、気持ちが悪い。

 

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