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仏滅


 内閣改造、08年8月4日が仏滅で明日(8月1日)が先勝なので、早めて明日やる事にした、というニュースを聞いて、同じ事を気にして政治が立ち行かなくなった ”平安末期の貴族”を思い出した。

 改造でサプライズ人事、そんな事でしか支持率の上昇が望めない政権はいらない。 改造、改造で食いつないで、いよいよとなったら総理辞任で総裁選。連日テレビに候補を出してワイワイ言わせ、いかにも変わると思わせる。新総理誕生で、さあ新しい政治。 そんな目くらましが効くと思っているのだろうか。 

 国民の関心は、官僚機構をどうしてくれるのか、 という事ではないのか。 官僚に法律を書いてもらい、事務次官等会議が認めたものだけを閣僚会議で扱い、大臣が官僚にあべこべに使いこなされている今の政権与党にまだ期待しろと? 誰がやっても測定誤差の範囲、同じではないか。



民主党は「ツール」              [おかしな帝王学]


 民主党は自民党と同じじゃないか。そうかもしれない。 政権を取ったら利権に走る者がいないとは言えない。 しかし、何十年もルーティーンになっている集団と、 一から始めなくてはならない集団となら、迷わず後者を選ぶ。 

 国の主として国民は、駒が無いのなら無いなりに、その時その時 最善の現実的 選択をしなくてはならない。 そしてその機会は選挙に限られる。 まずは 官僚機構 を何とかしなくてはならないのだから、そこを「踏み絵」にすればいい。 いまこの時点で 増税 などともっともらしく口走る輩は、おかしい。 残念ながら 今度の内閣 にも全く期待は出来ない。

 民主党は頼りないが一度やらせてみるしかないと思う。官僚を正すツールとしてだ。官僚機構のありようについて話す小沢代表の言葉は分かりやすかった。 天下りを一切認めないという所まで行けなければ、切れ味の新鮮な 刃 に替えるまでだ。 官僚機構のありようを正し切るまでは、何度でも替えればいい。

政権交代はスタートであってゴールではない。


 もったいない         [文化の日]



 もったいない この昭和30年代を思い起こさせる、言ってみれば しみったれた言葉が拝金主義大多数の日本でいま評価されている。そこに救いを感じる。 よき日本が無くなってはいない。  外国人にも共感を示す者が居るというのだから、世界も捨てたものではない。

 しかしこの言葉、本来はスローガンのようにして表に出てくる言葉でもないような気がする。 なにかの拍子にふっと 「もったいない」 と口にするが、普段は当たり前の事として心に満ちている。 これが理想ではないだろうか。 世界にその 心 を伝えていきたいと思う。



経済成長         [文化の日]



 経済の事は良く知らないが、もったいない は経済成長を損なうだろう。 工業製品を売る経済は当然、滞ると思う。 であるならば静脈型の経済を発展させて、などとブルドーザー的政治家は言いそうだが、使い捨てても完璧なリサイクルでどんどん物を回せ、 というような未来の世の中は、どうもイメージがぴんと来ない。 もっと深い ”チェンジ” が求められているような気がしてならない。

 もちろん いま直ぐ取り組むべきは、リサイクルを軌道に乗せる事だ。 一度 自然界から頂いてきた例えば鉱物資源などは、人間社会の中でずっと回り続けるのが望ましい。 循環型・静脈型の物の流れ、それが新たな産業になるのも間違いないだろう。

 しかし、いま経済成長を求めるというのは罪深い事に感じられる。事態は差し迫っているのではないか。 経済活動を少し抑えるべきだ。



文明の転換点                [文化の日]


 温暖化、CO2 の問題というだけでなく、いまの文明が環境つまり自然界に対して、知らずにやってしまっている事を洗い出していく非常に大きな作業の入り口にたたずんでいるように見える。 これは大変な転換点だ。躊躇するのも無理はない。

 人類の活動でどれだけのものが環境に対して出ているのか。それは自然の系に対してどのような影響をあたえるのか。それらを知ろうとすれば微量分析や精密観測など、科学テクノロジーが人類に与えた目や耳をフルに動員しなくてはならない。  自然の仕組みを知るために、さらに人も金も使わなくてはならない。 世界中の防衛費がそこに消える程の大事業になる。 

 これを果たして初めて 人類は幼年期を脱した と言える。



人口密集地に 2発              [文化の日]



 E=mc²  このアインシュタインによって導き出された数式の持つ驚異的な本質が、初めて形になったのが 【原爆】 だった。 物の重さ(質量)がエネルギーに置き換わると言う。何と、掛ける光速の二乗という膨大なエネルギーだ。

 1907年に発表されたこの式の意味が、38年後の1945年に広島・長崎で明らかになった。驚くべき早さだと思う。 もちろん、アインシュタインは原爆を作りたくてこの E=mc² にたどり着いた訳ではない。科学者の純粋な求道精神だ。 ただ、ナチスが開発している事を知りアメリカに先に開発するよう求めたらしい。ナチスが世界でただ一国の核保有国になっていたとしたら、、、それは恐ろしい話だ。

 日の出の勢いのアメリカは、1945年7月遂に核実験を成功させ、ものの3週間で躊躇なく実戦で投下してしまった。ナチスはもうこの世になく、日本は瀕死の状態で原爆製造などあり得ないのにだ。 持っている事だけで大変な意味がある核兵器だが、唯一の保有国になったと殆ど同時に使ってしまった。 この勇み足ぶりは何だろう。

 向こうの理由も色々あるようだ。よく聞かれるのは「戦争終結を早めた」という言葉。 では一般の人々が暮らす人口密集地に狙って落とした理由は何だろう? 人気のない山を一つ消す位で充分ではなかったのか。 そして近年よく言われるのは、中2日で立て続けに長崎に落としたのは何故なのかという事。ウラン型とプルトニウム型で一つずつ使ってみたという話も聞く。

 直前まであのヒトラー相手に戦い、旧日本軍の牛耳る日本の本土決戦を前にすれば、まともな神経で居られなかった事も理解できる。 アメリカが今まともな神経なのであればその証に、被爆者に心からのお詫びをして欲しい。



勝てない戦争                [文化の日]



 米ソ対立の冷戦構造とは、核保有の競争だった。一発で広島の何千倍の威力を持つ水爆まで作られた。 ロケット・ミサイルの進歩と合わさって、初の地球滅亡シナリオは全面核戦争によるものだった。 いまだに地球を何個も破壊できるだけの核兵器が存在しているだろう。

 核兵器は実際にはもう使えない兵器になっている。第二次大戦後、何度も世界ではその危機があったが、報復で歯止めが効かなくなるので再使用には至らなかった。
 いま現在、核爆弾を人に向かって落下させる国があれば、 その国は完全に孤立してやがて無くなるだろうし、そうなるべきだ。

 ベトナムでアメリカは勝てなかった。象徴的だと思う。核兵器は使用検討までいったが使えなかった。通常兵器でも質・量ともに圧倒的に勝っていたが、アメリカは勝てなかった。
 この事実は、「核兵器は使えない」という事だけでなく、最早 「解決の最終手段として武力は使えない」 という事を意味しているように感じられる。



我は 税のみを食す              [懲戒免職]


  「財源はどうするんだ!」 こう声高に叫ぶ輩にとっては、巨額の累積財政赤字が一つの ツール になっている。 損得の都合でやり放題をやり 天文学的な借金をこしらえておきながら、何と今度はそれを増税の為の人質にとろうという。 腐敗と堕落の官僚と、政権に居る事だけが存在の意味になってしまった自民党の究極の姿だ。

 本当に必要なことをやらず、意味の無い仕事にどんどん税を注ぎ込み、群がる連中を みな中毒にしてしまえば、税収など幾らあっても足りる訳がない。 例えば道路。 いつまで経っても 「まだまだ必要な道路はある」 と言い続ける。 

 権限によって税を得、税によって更に権限を得る。 もっともっと税収が欲しい。 今の官僚機構は、国を滅ぼす 怪物である。 その怪物にいいように操られている政権与党もまた怪物である。

政権交代 以外に、道は無い

 


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